• 土谷守生

オーストリア中から愛された男ルディの残したもの

最終更新: 2018年12月15日


 ルドルフ・ニールリッヒ。1980年代の後半から1990年代にかけて活躍した選手で、活躍期間は短かった。その理由は1992年のアルベールビルオリンピックを翌年に控えた1991年のシーズン終了後に交通事故で亡くなったからだ。  ルディが注目されたのは1989年ベイルで行われた世界選手権でジラルデリやツルブリッゲン、オレ・クリスチャン・フルセト(NOR)らを抑えて回転、大回転2種目で金メダルを獲得した時。オーストリアが技術系種目で金メダルを獲得したのは1970年バルガルディ―ナ(ITA)の世界選手権でカール・シュランツ(大回転)まで遡らなければならない。それほど時間が経過していたからオーストリア中が2冠の快挙に沸いた。翌年のアルベールビルオリンピックは金メダル間違いなしといわれていたその矢先……。  ワールドカップの優勝でもらったアウディに乗って友人の誕生パーティーに出席した帰り、雨の中アウトバーンを飛ばして帰宅中、ハンドル操作を誤ってアウトバーンを飛び出し農家のカベに激突して亡くなってしまった。まさに円熟の時であった。「ニールリッヒ死去」の報を受けた時、いつものように会社で飲みながら原稿を書いていたが、仕事が手につかず飲みに外へ出た。いきつけの小川町にあった「スキーハウス」で飲みだすと、富良野で見た彼の滑りが走馬灯のように頭をかけめぐり、不覚にも涙が出てきた。それほどルディは印象に残る選手だった。  それから2年後、夏のオーストリア取材に行く機会があった。取材に行くスタッフに「時間を見つけてザルツブルグにあるルディの墓へ行ってくれ」と指示を出した。スキーコンプも彼にはインタビューに協力してもらったり、好青年といった印象だったこともあり、どうしても取材したかった。報告によると観光協会の人が遠い日本からわざわざ取材に来てくれたことに感激してくれてお墓まで案内してくれたり大変よくしてくれたという。その記事は大変反響のあるものとなった。世界のトップアスリートの中でもとくに思い出のある選手のひとりであるルディ。レーサーらしく短期間でアッという間にレース界を駆け抜けて行った。ルディよ永遠なれ!

0回の閲覧
  • Facebook - Grey Circle

Copyright© SNOWGEEK All Rights Reserved.