• 土谷守生

ワールドカップ日本選手初挑戦 柏木正義と佐々木富雄


柏木正義はスラロームの初トライから3シーズンで世界との差を約3秒縮めた



柏木とともに日本選手としてワールドカップに初出場した佐々木富雄



 柏木正義と佐々木富雄はワールドカップが開始されて3シーズン後の1968/1969シーズン、4年後に控えた1972年札幌オリンピックの強化選手として日本選手としてはじめてワールドカップに出場した。つまり、日本選手の世界への道筋をつくった選手たちである。初の遠征はコーチである見谷昌禧に率いられ1969年1月初旬、最初の開催地スイスのアーデルボーデンへ向かった。1月7日、はじめて出場する2人は最初の種目、大回転にチャレンジした。  ジャン・クロード・キリー(FRA)、ラインハルト・トリッチャー(AUT)、パトリック・リュッセル(FRA)、アラン・ペンツ(FRA)、カール・シュランツ(AUT)などフランスが全盛を誇っていた時代である。  スキーグラフィックの連載「見えない栄光へのテイクオフ」でも書いている初トライに関してのみ触れてみたい。2人の初トライはアーデルボーデンの大回転でコースプロフィールは全長1600m、旗門数1本目69、2本目61。優勝したのはジャン・ノエル・オージェ(FRA)で1本目1分39秒01、2本目1分47秒17、トータル3分26秒18。これに対して42位スタートの柏木は1本目1分55秒34、2本目1分51秒88、トータル3分47秒22、ラップとの差21秒04、46位だった佐々木は1本目1分56秒65、2本目1分58秒51、トータル3分55秒16、その差28秒98だった。これがワールドカップにおける日本選手の第一歩だった。ウェンゲンのスラロームでは柏木が9秒59差、佐々木が15秒28差だった。順位とは別に、「世界との差」が明確に把握できただけでも、この初トライの意義は大きかった。日本の世界への挑戦は、1968/1969年シーズン、柏木と佐々木からスタートしたと言っていい。  これから3シーズン後、柏木は日本初のワールドカップ苗場大会でラップとの差6秒76差とウェンゲンのスラロームから約3秒詰めたことになり、初のポイント獲得となる10位に入る大躍進を遂げた。

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