• 土谷守生

不滅のワールドカップ86勝、天才ステンマルクの残したもの

最終更新: 2018年12月15日

 


 ワールドカップ86勝の大記録は今も破られていない。ステンマルクは、ノルディック王国、スウェーデンから1973/1974シーズンに17歳でワールドカップデビュー、1973年12月16日、フランスのバルディゼールで行われた出場2戦目となる大回転でゼッケン70番代から9位に飛び込んできて知られる存在となった。  オーストリア、スイス、フランス、イタリアなどアルペン列強の中へ飛び込んできた17歳の少年は、ワールドカップではまったく知られていないエランというユーゴスラビア(当時)製の見慣れないスキーを履いていた。フランス、オーストリアの有力なスキーメーカーから「そのスキーで世界と戦うのは無理だ。ウチと契約しないか」という誘いに「エランは弱いスウェーデンチームに提供してくれた。少し強くなったからと言ってスキーを変えるのは良くない」とすべて断ったという。ここが並みの選手と違うところだ。  1976年から1978年から3年連続総合優勝を果たした。しかし、その翌年、各種目上位3レースのポイントのみ採用するというルールに変更され、回転、大回転の2種目しか出場しないステンマルクに不利になる。そこでステンマルクは1979年、複合でのポイントを獲得するためキッツビューエルの複合滑降にも出場して“無言の抗議”をした。彼が滑降に出場したのは後にも先にもこれだけだった。  それでも選手生活16シーズンで通算86勝、オリンピック金メダル2個、世界選手権金メダル3個と世界と名の付くタイトルをすべて手に入れ、1989年、志賀高原ジャイアントスキー場での最終戦をラストランの場に選び、2万人の大観衆から割れんばかりの拍手と歓声で送られた。(写真下はデビュー当時)



  • Facebook - Grey Circle

Copyright© SNOWGEEK All Rights Reserved.