• 土谷守生

努力で記憶に残る選手に 池田和子



 池田和子。妙高高原出身の彼女の第一印象は「この弱々しい体つきの女の子、ジャパンチームの選手なの?」と、当時コーチだった小野幸男に聞いたことがある。いつ頃かははっきり覚えていないが、志賀高原で女子チームの合宿が行われていることを知り、別の取材で志賀高原にいた私はトレーニング中の小野を訪ねた。その時に池田和子をはじめて見て、冒頭の印象を持ったのである。  ワールドカップはそのほとんどがヨーロッパで開催される。バーンのハードさたるや、まるでコンクリートのように硬い上、斜面も日本のスキー場では考えられないくらい急斜面が多く、しかも斜面変化にも富んでいる。これを攻略するには並外れたテクニックとパワーが要求される。  こうした背景から先の質問になったのだが、小野は平然として「たしかに線は細いしきゃしゃで今はダメです。だけど彼女の滑りにセンスを感じるんですよ。ひょっとしたらいい選手になるかも知れない」と言っていた。こうして小野に見いだされ、スコット・サンチェス(社会人になってからのコーチ)によって開花した池田は川端、山本さち子に次ぐチーム3番手の選手に成長した。  迎えた1998年長野オリンピック。私のスキーコンプ編集長として最後のオリンピックの取材だったが、あのきゃしゃで頼りない体つきの“女の子”が代表選手として出る。にわかに信じられなかったが、ここまで来るにはそうとうな努力をしたことが伺える。と同時に、小野というコーチは何と先見の明があるのかと感心したのを覚えている。終わってみると、なんのことはない回転、大回転とも彼女は出場した日本選手トップの成績を残していた。私の見る目のなさ、そして小野幸男のコーチとしてのたしかな目にショックを覚えた。  長野オリンピックのほか彼女は世界選手権大会には4大会連続して出場しており、川端絵美、山本さち子が抜けた後、トップ選手としてジャパンチームを引っ張り廣井法代、柏木久美子へつないだバイプレーヤーとしてしっかり存在感を示した。また1995年に行われた全日本スキー選手権大会では滑降、スーパーG、回転の3冠に輝き、大回転では惜しくも2位に終わったが、“準パーフェクト”を達成している。  そんな彼女は現在、結婚してハワイ在住だが、FBを見ていてくれて、メッセージを寄せてくれる。彼女のFBもよく見るが、ご主人とフラダンスが得意な可愛らしい女の子と幸せに暮らしている様子がよくわかる。 オリンピック  1998年/Nagano(JPN)      SL/17 GSL/25 世界選手権大会  1993年/Shizukuishi(JPN)      SL/31 CB/29  1996年/Sierra Nevada(SPA) ※1995年は雪不足で中止、翌1996年に開催      SL/20 GSL/途中棄権  1997年/Sestrieres(ITA)      SL/29 GSL/途中棄権  1999年/Vail(USA)      SL/途中棄権 GSL/35 全日本スキー選手権大会タイトル  1995年 滑降・スーパーG・回転 ※大回転は2位だった

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