• 土谷守生

慶応の先輩後輩で義兄弟コンビ 丸山仁也&大杖正彦

最終更新: 2018年11月23日


丸山仁也


大杖正彦



 はじめにことわっておくが、ここで紹介する選手は手持ちの写真がある選手に限定させていただく。

 ◆丸山仁也   男子選手として初の全日本スキー選手権の三冠王(1957年)に輝いたレジェンドのひとり丸山仁也(ひとなり)。滑り慣れた八方尾根のダウンヒルコースを疾風のように駆け抜け、回転、大回転もライバルを寄せ付けなかった。この快挙で丸山は立派に日本アルペンスキー史にその名を残した。1968年には同じ白馬村出身の丸山寿一とともにグルノーブルオリンピックに出場、残念ながら滑降コースの難易度の違いもあって滑降で59位に終わった。そのグルノーブルオリンピックには奥さんである美保子さん(旧姓大杖、正彦の姉)が日本の女子選手としてはじめてオリンピック出場を果たしていた。 選手としても一流だったが、選手引退後もFIS-TDの資格を取得して、FIS公認大会などではTDとして大会を成功へ導く大役を担っている。伝統の大会、八方リーゼンにはいち選手として出場するなど“ヒトナリさん”は今もレース界をアクティブに走り回っている。   白馬村では「バイサーホフ八平」を夫婦で営なんでいる。

 ◆大杖正彦   1970年のバルガルディ―ナの世界選手権で“世界デビュー”した大杖正彦は、鳥取県の米子工業高校時代から全国的に知られた選手。姉美保子、弟二郎の「鳥取の大杖3姉弟」はアルペン関係者なら誰でも知るところとなった。   1972年札幌オリンピックには富井澄博とともに滑降に出場、35位の成績を残している    が全日本スキー選手権では回転、大回転でも優勝してひと通りどの種目でもこなすオールラウンダーだった。 1964年の全日本スキー選手権は高校生で大回転を制し、1968年には滑降、翌1969年には回転、大回転2種目を慶応大学時代に優勝を飾っている。1971年には慶応を卒業して社会人となりデサントスキー部のメンバーとして出場した同大会で大回転で優勝、高校、大学、社会人でそれぞれ優勝をかざるというめずらしい記録を達成。全日本では滑降、回転、大回転と全種目に優勝、通算5勝を挙げた名手だ。

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