• 土谷守生

「記憶に残る」名手 千葉晴久



 千葉晴久の恩師、旭川の“造酒ストリームスキー道場”主宰の造酒(みき)さんにインタビューしたことがある。子供のころの千葉はどんな選手だったのか?  「ポールをセットして子供たちに滑らせると、他の子たちは何も考えず義務的に滑っている。しかし、千葉だけは1本1本考えながら滑っている。これで千葉は世界へ出ていける選手になれると思った」という。造酒さんによると、だから同じ失敗をしなかったというように子供のころから他の子どもたちとは一線を画していたようだ。  残念ながらアマチュア時代の手持ち写真がないのでプロレーサー転向後の写真を使っているが、プロレーサー時代についてはスキーグラフィックの2月号(1月10日発売号)に掲載するのでここでは触れない。  海和俊宏に代表されるように、小柄な選手が多い中で千葉は大柄だった。その大柄な体から繰り出すパワーとたぐいまれな早い回転のスキー操作で高校時代から目立つ選手になっていた。そのポテンシャルが一気に開花したのは専修大学に進学してから。  1972年札幌オリンピック出場、大回転では市村政美に次ぐ19位の成績を残し、全日本スキー選手権初優勝を飾った。全日本ではこのシーズンから5連勝という快挙も達成した。オリンピック、世界選手権、ワールドカップでは残念ながらビッグランは達成できなかったが、千葉は間違いなく「記憶に残る」名手だった。レースファンならいつまでも覚えておいてほしい選手である。  その千葉は、2006年2月8日、午後6時38分、54歳という若さで生涯を閉じた。  写真はファンを大事にした千葉は、サインを求められると必ず足を止めて応じた


出身地 北海道旭川市 出身校 北日本学院高校(現在の旭川大学高校)→専修大学

オリンピック  1972年/札幌 大回転19位 回転途中棄権  1976年/インスブルック 回転途中棄権 世界選手権大会  1974年/サンモリッツ 大回転30位 回転失格 全日本スキー選手権大会  1972年(第50回)回転1位(所属:専修大学)  1973年(第51回)大回転1位(所属:専修大学)  1974年(第52回)回転1位(所属:専修大学)  1975年(第53回)回転1位/大回転1位(所属:リーベルマン)  1976年(第54回)回転1位(所属:東京ウル)

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