• 土谷守生

1980年代を飾った“名花”、エリカとタマラ



 エリカ・ヘス(写真上)とタマラ・マッキニー(写真下)。ともに1980年代に技術系選手として活躍した2人だが、オリンピック、世界選手権、そしてワールドカップともスイスのエリカが上回った。アルプスの少女ハイジのように飾らず純朴なエリカは、おとなしく目立たない性格だが、ひとたびスタートバーを切ると人が変わる。  1980年レークプラシッドオリンピックの回転でハニー・ウェンツェル(LIE)、クリスタ・キンスフォファ―(BRD)に次いで銅メダルを獲得して注目され、1982年シュラドミングで行われた世界選手権では回転、大回転、複合の3種目で金メダルを獲得して一気に世界のトップ選手に上り詰めた。ワールドカップでは回転のタイトルを獲得したのをはじめ通算31勝(回転21勝・大回転6勝・複合4勝)を記録、1989年には総合優勝を飾っている。  1983年ワールドカップ富良野大会の際、エリカの大ファンという中学生の女の子をスキーコンプの取材スタッフと一緒に連れて行った。東京都の選手として活動していた須合真紀のご家族と親しかったことからお母さんに頼まれたものだが、ワールドカップ期間中にロシニョールを扱う三井物産スポーツがエリカの誕生日祝いをやるというリリースがあった。これはエリカファンの真紀の出番だと思い、同社の宣伝担当に「エリカの熱烈なファンの中学生の女の子がいるので花束を渡す役で使ってくれない?」とお願いしたところ大人が渡すより彼女も喜ぶと思うのでいいですよ、という返事だった。その大役にシャイな真紀は喜ぶというより、驚きで緊張していた。かくして真紀の花束贈呈にエリカも大変喜んでくれたというエピソードがある。  その真紀の兄がフリーのサービスマンとして活躍している須合紀之である。

 タマラ・マッキニーも同じ1980年代に活躍したアメリカ・パークシティ出身の選手。当時としてはめずらしい街中育ち。小柄で線も細く、私服に着替えたらとても世界を相手に戦う選手だとは誰も気づかない、そんな選手がワールドカップで通算18勝、1983年にはフィル・メーアとアメリカに初の男女総合優勝をもたらせた。総合優勝した女子選手の中で最も小柄で細い選手だったのではないだろうか。エリカとの比較で彼女が唯一勝っているのは、脚パワーが要求される大回転の勝利。あのか細い体のどこにコンクリートのような硬い急斜面のバーンで勝てたのか不思議でならない。 エリカが大回転6勝に対してタマラは9勝を挙げており、しかも回転、大回転とも同じように成績を挙げている。これに対してエリカは回転21勝をマークしているが大回転は6勝とやや大回転の方を苦手にしている。 残念ながらオリンピックではメダルを獲ることはできなかったが、世界選手権では1985年ボルミオで複合銅メダル、1989年地元アメリカのビーバークリークでは複合で初の金メダル、回転で銅メダルを獲得した。  タマラの兄、スティーブはスピードスキー(キロメーターランセ)のアメリカ代表選手として活躍、最初に200キロの壁を突破した記録をもつ“世界のスピード野郎”として知られている。

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