• 土谷守生

3度の五輪出場も控えめな名手 石岡拓也



 青森県出身の石岡拓也が注目されたのは青森の名門校、東奥義塾高校3年の時(1990年)に全日本スキー選手権大会、スーパーGで優勝を飾ってから。中学、高校時代も注目されていたが、やはり全国中学やインターハイと「全日本」ではレベルが違う。石岡は全日本で一段進歩して社会人へ進んだ。  社会人チームとしてトップレベルにあったヤマハは、高校の先輩である同じ苗字の石岡千秋、森信之が所属する同社に入社した。  石岡が入社して1年目の1991年にはいきなりザールバッハで行われた世界選手権の代表に抜擢され、さらにその翌年には1992年アルベールビルオリンピックの代表と、あまりにも順調すぎて本人もびっくり。それも初出場のオリンピック、アルベールビルでオールラウンダーの力を発揮してコンビネーション9位と入賞目前にまで迫った。  3度目のオリンピックとなった1998年長野オリンピックまでに石岡は2度ワールドカップポイントを獲得している。21位と26位に入って迎えたオリンピックだったが過去2回のオリンピックを上回ることはできなかった。調整段階での失敗なのか、大回転に出場しての疲れなのか。石岡は、その失敗の要因について語ることはなかったようだ。  高校3年の時から3年連続全日本選手権優勝を果たし、短期間に日本のトップレーサーへ上り詰めた。しかし、同じ時期に岡部哲也、木村公宣、平澤岳、スピード系には富井剛志など日本のアルペン界を代表する選手が何人もいたことでやや影が薄かった。 しかし、10代で初めてオリンピックに出場してから、それから3大会連続で出場した選手はそういない。また、全日本選手権大会では、スペシャリスト全盛時代に年度は異なるが滑降、スーパーG、回転、大回転全種目でタイトルを獲得するなど、スーパーな記録を残している。 個人的にインタビューした記憶はないが、記録を調べて改めて凄い選手だったことを知り、この選手もレースファンにはいつまでも覚えていてほしいと思った。

オリンピック  1992年/Albertville(FRA) SL/途中棄権 GSL/29 SG/41 CB/9 1994年/Lillehammer(NOR)SL/19 SG/途中棄権 CB/途中棄権 1998年/Nagano(JPN)SL/21 GSL/29

世界選手権大会 1991年/Saalbach(AUT)SL/17 GSL/30 DH/41

全日本スキー選手権大会タイトル  1990年 スーパーG  1991年 滑降・スーパーG  1992年 回転  1995年 回転・大回転  1999年 回転

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